新連載

チェリスト 津留崎直紀の

オーケストラ エクササイズ

 

 

Bartok
Concerto for orchestra

1 フィナーレ


 今回はバルトーク最晩年1943年作の、「オーケストラの為の協奏曲」。1940年バルトークはナチスドイツの圧制から逃れアメリカに亡命したが、アメリカの生活にはなじめなかった。しかも白血病を発病し経済的にもかなり逼迫していて不遇な晩年をおくっていた。そんな中ボストン交響楽団の音楽監督セルゲイ・クーセヴィツキが手を差し伸べて、作曲依頼をして書かれたのがこの曲である。アメリカの聴衆をある程度意識してかハンガリー風の主題をふんだんに使いつつも、インテルメツォでは当時ブロードウエイで人気を博していた同国人、レハールの「メリーウイードウ」のテーマを、ニューヨークの車のクラクションを交えて出したりしている。 この曲の題名はもちろん、ボストンシンフォニーの各セクションの秀逸さの聞かせるための配慮であろう。しかし弦楽器に関してはソロは一切ない。代わりにかなり技術的な各セクションのソロが随所に出てくる。

 今回はその中でももっとも難しい終楽章のコーダ部である。 チェロ以上の弦楽器セクションのポンティチェリの上下する動きが非常に興味深いパッセージである。僕は第3四重奏曲のコーダで使ったテクニックに非常に似ていると思う。 真空管ラジオをチューニングしているときに入るいろんなノイズ、時おり遠くから聞いたことのあるような音楽の片鱗が聞こえてくる。そして同調。一挙にビッグバンドの高らかなファンファーレ。ここの音楽はそんな感じに聞こえる。楽譜はそのファンファーレの部分だが、明らかにジャズのハーモニーだと思う。 (合成音源

 

 さて、チェロの話に戻るとこの部分は昔はずいぶんないがしろにされていた記憶がある。オケの奏者も指揮者も含めてちゃんと弾いても、ポンティチェロでピアニッシモだからどうせきちんと聞こえないとたかをくくる人が多かった。いや今でもかなりいると思う。非常に残念なことだ。僕はバルトークが本当に耳を傾けて欲しかったのはこの弦楽器の部分に違いないと思っている。上に述べたようにアメリカ文化に少し迎合して書いた部分の巻き返しみたいに、ここでバルトークは弦楽カルテットで使ったような先鋭的音楽を書いたのだ。 最大で弦4部に分かれて綿密に書かれている。これほどの綿密さで書いた音が聞こえなくて良いはずがない。実際に今までに一度だけイヴァン・フィッシャーと弾いた時彼は弦楽器にここの部分を弱すぎないように要求して「出来る限り」正しい音を弾くように要求した。 結果はいうまでもなくすばらしいものだった。 オーケストラの為の協奏曲。まさにコンチェルトをさらうように、ある程度分析しながら練習すればそれほどの難しさではない。第一の難しさはソルフェージュ的音読みの難しさである。(FesとかCesとか苦手な方結構多いのではないでしょうか)それを克服すれば左手の動きはある規則性がありだんだんと手になじんでくる。近代以降の音楽のエチュードが存在しない現在においては、現代(近代)音楽のエチュードの代わりとして譜面台にいつも置いて、時々さらうのも悪くない。実際の演奏の時に違和感がないように、現在出版されている楽譜と同じ配置にしておいた。印刷して使えるようにPDF版PDF版も用意したのでご利用いただきたい。


 前半は非常に手の込んだ減5度を含む音階で出来ている。調性がほとんど感じられない不気味な響きである。

  M533からは2つの違う全音音階があらわれる。全音音階は12音的に言うと2種類しかない。この後一時的にEdurの音階。また全音音階がM543からあらわれだんだんと調整が感じられてくる。
 M  573からのフィンガリングはあえてこういう風にハイポジションに残ることにしている。上がったり下がったりすると意外に音程が難しく余計な神経を使うので、この方が安全である。


 

 

 エチュードとして練習するにはポンティチェロで弾く必要はない。Mf くらいの強さで無理のないテンポで行う。星印で示したように全体を5つくらいの部分に分けて練習すると効率的である。いつも初めからさらわず、それぞれのセクションごとに練習すると覚えやすい。*1の初めの2小節はGes とFisで書き方が異なっているが同一である。このセクションはエックステンションが続くので、左手を充分に柔軟にして弾く。音もなかなか覚えにくい難しいセクションなのでここに重点を置いてさらうと良い。*2はM523から6小節間が難しい。もう一度練習しなおして見てフィンガリングを少し変えた(M523)M525−6は旧い方のフィンガリングも残して置いた。新しい方はG線上で上下するがバルトークの指定した=184でも間に合う早さだと思う。
 * 3からは全音音階があらわれるので少し楽になるが、*4セクションも含めて初めにこのセクションを弾き込んでおくと実際の演奏でも気分がぐっと楽になる。M554のフィンガリングを訂正した。この方が良いと思う。*5からはかなり調性的なのでさほど問題なく行くはずである。
 
  さて実際の演奏の場合にはどういう風に練習するか。「出来るだけ駒のそばで」という指定があるので音高がはっきりしないほどの音になる。だったら初めからちゃんと弾く必要がないじゃないかと思う方も多いだろう。初めに書いたようにそう思っている人のほうがどうも多いようだが、作曲もするチェリストの立場から言えばそうとも云えない。書いた音は出来る限り正確に弾いてもらって、その結果として生まれる音響的現象が(この場合極度のポンティチェロ)重要なのだ。現代音楽でしばしば使われる左手の指の叩きだけで音を出す奏法があるが、譜例に示したように弓はほとんど弦に触れないほどにして、左手だけで音を作るくらいの気持ちで弾くのが良いのではないかと思う。 


 

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2011年1月16日

1月21日 加筆 更新 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーケストラ エクササイズ

始めに
1. Rossini Otello
2. Beethoven symph. 9 finale
3. Bartok Concerto for orchestra
2月10日更新

 

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