ロッシーニ作曲 歌劇 「オテロ」
第一回は今(2010年11月現在) 弾いている「オテロ」全三幕。ロッシーニのオペラセリアで副題に「Il moro di Venezia」 (ヴェニスに死す)とある。いうまでもなくシェークスピアの悲劇のオペラ化。
はじめて弾いた。現在はあまり演目に挙がることが少ないオペラのようなので実践的にはあまり参考にならないかもしれないが、ちょっとおもしろい箇所がいくつかあるので紹介する。1816年にナポリで初演されてから当時はかなり評判だったようで、シューベルトも19年にウィーンで聞いたと日記に書き残している。譜面はすっからかんとした初見ですらすら弾けるようなパッセージばかりで、テンポを想定しないで音だけ見れば初級の技術で間に合う譜面だ。
しかしこういう楽譜には必ず落とし穴がある。第一に一番注意したいのは技術的な面ではなく、音の弾き間違え、飛び出し等初歩的ミス。ベリーニやドニゼッティ、初期のヴェルディ等所謂ベルカントオペラでは、チェロパートはバスの極度に単純な音がたくさん並んでいるので油断しやすい。譜面を一段読み違えたり(2段全く同じだったりすると良くやる)、同じモチーフの繰り返しで回数を間違えたり、隙間だらけのレチタティーヴォで一音飛ばしたりと危険がいっぱいだ。地雷原を歩くぐらいの緊張感がある(もちろんそんな場所歩いたことはないけれど)。とは言っても、地雷原と違って命を落とすことはない。せいぜい指揮者ににらみ殺されるくらいですむ。だからあまり慎重になりすぎて消極的なのも良くない。そのほか神経を使うのは伴奏のピツィカート。イタリアオペラ限らず欧米言語は歌にすると細かいアウフタクトの付く節回しが極度に多い。たとえばこんな風に。

こういう所でのPizzはアウフタクトにかぶってしまわないように神経を使う。(譜例は今適当にそれらしく書いたもので、オテロからの抜粋ではありません)Pizzは音源としてすでに複数人が同時に弾く事が難しいものである。10人のピアニストが同時に同じ音を弾かなければいけない場合を想定してみれば弦楽器奏者でなくてもその難しさを理解してもらえると思う。 とはいえPizzをあわせることに神経質になりすぎてもかえってよくない。いずれにしても歌の伴奏と言うものはヒトの声帯という、デリケートなものが対象なので精通するにはある程度の経験と年季が必要だと思う。これはまた別の話になるのでここではこれ以上触れない。
では早速曲中の抜粋。
序曲(Sinfonia)。英語式のOuverture と言うのはフランス語から来た言葉でイタリアオペラではこのSinfonia を使っている場合が多い。他にもPreludio
という場合もある。音が少ないといっても一般的に序曲は少し音が多い。

これは特に難しいものではないが参考のために掲載した。(表示のメトロノーム記号は本番での大体の速さで、原譜にはない)おなじみのロッシーニクレッシェンドの後に出てくるパッセージ。D
dur でももう一度出てくる。前半は5小節の枠組みになっている。Aの開放弦はこういう所ではおおいに使ってよい。響きが明るいし、音の輪郭がはっきりしてよい。開放弦の話はまた他の項で触れるかもしれないが、開放弦は決してタブーではなく、むしろ積極的に使うべき音であるとだけここでは述べておく。
序曲のコーダの部分でこんなパッセージが出てくる。練習番号15番。

これだけ見れば何の変哲もないものだ。簡単。ところがどっこい二分音符=120くらいだった。かなり異常に早い。ちょっと待ってといいたくなる速さだ。何とか巧く弾くコツはアップマークの付いたDの指と弓のタイミングを合わせること。譜例の2段目もこれくらい早くてこれだけ何度も繰り返すとなかなか手ごわい。一二回巧くいってもだんだん変になってくる。3と4を挙げたり降ろしたりするタイミングが難しい。こちらも4を降ろすタイミングとアップ弓を合わせるよう意識すると巧く行く(こともある 笑)。ここは全弦楽器ユニソン。コントラバスは多分不可能に近い。
次は第1幕フィナーレのコーダ。こちらも早くなければ難しいものではないが、二分音符80位になると話が変わってくる。親指を使わないほうのフィンガリングは移弦が難しい。親指を使ったほうがらくなことは確かだが何とか使わずにどのくらいまでできるか試してみるのも楽しい?かも知れない。最後2小節のトランペット風パッセージもこのテンポではかなり難しい。

最後の例も特に難しいと言うほどではないが単純に見えるわりにはちょっと手ごわい例。第2幕No7オテロとヤーゴのデュエットのパッセージ。

このパッセージは一見、シンメトリックな単純なフレーズに見えるがそのわりには覚えにくい。どうしてかちょっとアナリーズしてみた。かぎカッコで括ったように小節構成が3小節と4小節のフレージングで出来ている。モーツァルトはこういう時3−3の構成を使って最終的に偶数の6小節のフレーズにすることが多いが、ここでは意外に予期せぬ7小節である。次の7小節は前半7小節の繰り返しであることも分かっていると飲み込みやすい。それをなんとなく偶数小節単位で弾いていると分からなくなる。というか自分がそれをやっていた。ヒトは音楽に対して常に予断と言うものがある。それがあるから音楽が成り立っている部分も大きい。が、それを時々壊してアレッと思わせてから落ち着かせる手は古くからあることも忘れてはならない。
技術的には3連符のアタマに毎回1をもって来る方法が普通だが、試してみると意外にしんどい。毎小節4回のポジションチェンジを14回は結構ハードだ。そこでこういう実践用フィンガリングにしてみた。Piano leggiero とあるので軽々と弾きたいところだ。このフィンガリングはD線に一回移るところがミソ。このわずか一回の開放弦がずいぶんと音にメリハリをつけて軽い感じを出すのにも役立った。ただしD線に移る時アクセントがつかないように注意したい。指のトレーニングとして使うのも悪くないパッセージである。その場合はD線に行かず1小節目のシステムで(下側に示したフィンガリング)G線に上るのが良い。第4ポジションでは指がよく弦に収まってしっかり音を出ているように注意する。2拍又は4拍単位のレガートでも練習してみると良い。
2011年11月14日
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