津留崎直紀  violoncelliste の

チェロ基礎練習法

 

 

 

 

 

 

チェロ基礎練習法

1. 15分のチェロ座禅


2. 音程について

3.左手と弓について

4. 左肘の高さについて

5.音階練習 1

6、音階練習 2、 単音3度音階

7.二重音音階


8 . 重音三度

9.重音6度

10. オクターヴ

11. アルページョ




 2010年11月から 新連載
オーケストラ エクササイズ

作品目録 

編曲作品目録


CD バッハ無伴奏チェロ組曲

音楽随筆

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もくじ

 

表紙

 

2010年1月20日

2. 音程

  弦楽器奏者の鍛錬?の80lくらいはこの終わりのない仕事に尽きるといっても過言ではないので、音程の話をせずして音階練習の話は出来ない。

  そういっておきながらいきなり自分ではっきり解決できていない問題から話を始めるのは気がひけるが、音程には「絶対」的結論は無いと言う結論から始めざるを得ない。

  まず一番問題が少ないと思われる長3度から始める。自然倍音列で弦または管の長さ1に対して、1/2が1オクターブ、2/3が完全5度、そして4/5が長3度となることは良く知られている。これで得られた3度はいわゆる「小さい長3度」である。ちょっと大げさに言えば西洋音楽の歴史の大半はこの完全オクターブ、完全5度、そして長3度の美しい響きを求めて、発展してきたと言ってもいい。合唱やアンサンブルで少し訓練した耳の持ち主なら必ず気付いているはずだ。ところがそこにとんだ落とし穴があったことも古くから人々は気づいていた。まあ、僕が今回書きたい事もその事なのだが(お分かりですねきっと)どうも苦しい。

 音階練習の時の長3度についてはごくおざなりに言うと、「小さい3度」でも「大きい3度」でも一向に構わない。もう少し踏み込んだ言い方をすると両方使えた方がいいと思う。小さい長3度は和声的には響きが良いが、曲によっては(特に近代以降の曲では)旋律的な動きには少し物足りない感じがすることもある。自分が慣れていない方をやって耳を訓練すればいい。小さい3度を完璧にとる方法はチューナーを頼る方法もあるが、(チューナーによってはこの小さい3度の位置が示してある物がある)簡単な方法は開放弦の長3度上のハーモニック(上から順番にCis,Fis,H,E)がそれぞれの開放弦に対して「小さい長3度」(実際は長3度+2オクターブ)に当たる。この音程関係をしっかり耳に焼き付ける。弦楽アンサンブルや、四重奏で機会があったら、例1のように二つの転回形も含めて弾いてみるのもいい訓練になる。


音階の話を戻すと、オクターブ、完全5度はとりあえず「絶対的」に固定して(とりあえずです。ここが問題なのだ。)後は3度音をどう埋めてゆくかと言う事になる。ハ長調を例にとると、まずDGに対して完全5度(または反転して完全4、以下同じ)、Eは大小どちらか、FCに対して完全5度、Aは今のFに対して長3度なのでEに同じく、HGに対して同じく。ここで注意するべき事と言えばD-AE-H が同じく完全5度になるようにする事だ、と口では簡単に言える。これでチェロの場合だと長短調 C,G,D 六つの調の2オクターブくらいはかなりな精度でマスターできる。この音域はバッハが組曲で使っている音域に相当するのも少し興味深い。

ところが、幸か不幸か現代のチェロは5オクターブ近くの音域をカバーしなくてはいけない。ここが非常につらい。ピアノやオルガン、鍵盤楽器一般の調律師は良く知っている事だと思うが2オクターブ位の音域をカバーする時と5オクターブでは話が変わってくるのだ。


Ex.2は「ファルスタッフ」の第3幕第1部の終わりの部分である。チェロから始まるモチーフが毎回オクターブ上がっていって、最終的にヴァイオリンの高いDとコントラバスのDの間の開きは5オクターブになる。そこで良く問題になるのがこのヴァイオリンのDがチューナー的に「正しい」、別の言い方をするとコントラバスのDの32分の1のDを弾くとどうにも低く聞こえてしょうがない事だ。いや、多分これは個人差があると思うので断言は出来ないが少なくともそう聞こえるのは僕一人ではない事は経験上知っているので、ある程度自信を持って言える。同じような実験をチェロでも出来る。Cの開放弦の音を耳にしっかり焼き付けてから、4オクターブ上の耳がこれだと命令するCを弾いてみて、チューナーで確かめてみる。さて、あなたはどうでしょう?

どうしてか不思議でならなかったが最近ちょっと自分なりの推論はある。結論的に言うと、これは完全5度のスパイラルと関係があるのではないだろうか。もうそんな事音響学の世界では知られた話だと言われそうで勉強不足の自分は少し気がひけるが、乗りかかった船なのでしょうがない。第一自分が音階練習をしながらいつも考えているのだから隠しても始まらない。
完全五度のスパイラルは楽典でも習うしどなたもご存知だと思うが、完全5度を4回重ねて出来る長3度音はさっき話した「小さい長3度」ではなく「大きい長3度」になってしまうことは昔から知られている。この事実が昔からオルガンの調律師達をを悩ませてきた原因そのものなのだから。そして、そうやって11回完全5度を積み上げてゆくとどうなるか?楽典ではもとの音に戻る事になっているが、そうではない。12音の美しい「輪」が出来る代わりに本当はもとの音よりちょっと高い音にたどり着き、そうしてその「スパイラル」はさらに無限に続く事になるではないか。宇宙の果てまでどこまでも。(そうしてたどり着いた音は一体どういう音なのか?もしかして、基音に対して4分音の関係かなとも思ったりするが、そんなキッチリした数字ではないような気もする。音響学に詳しい方は多分ご存知だろうが、僕は知らない)
そこで僕が考え着いた推論ははこうだ。オクターブが開くにしたがって高めに取る人は完全5度の「無限スパイラル」を体内で聞いているのではないだろうか。 ファルスタッフのパッセージにもう一度戻って考えてみると、ここで注目していただきたいのは最後の3小節は第3音のFisが抜けていることだ。散々ニ長調の解決を匂わせておいて最後は3度を抜くところがなんとも心にくいところだが、伴奏はA-Dのピツィカートのみ。もし、ここにfisを付け加えたら文句なく「正しい」Dが美しく響くと思うが、5度音のみというのがこの部分の問題なのではないかと思うがどうだろう。

ピアノの調律は高い音域になるにしたがって少しずつ高めに調律すると聞いた事があるが?それも同じ理由からか。