2007年 4月3日


江別弦楽アンサンブル と 「展覧会の絵」  

 

 去年から取り組んでいたムソルグスキー「展覧会の絵」の弦楽合奏の為の編曲が大体終わってほっとしている。
 この編曲は長年の付き合いがある江別弦楽アンサンブル が今年9月に行う創立30周年コンサートのために書いたものだ。 江別弦楽アンサンブルは札幌に隣接する江別市に30年前に創立されたアマチュア合奏団で、たしかヴィオラのBさんらの呼びかけで、数人のアンサンブルからスタートしたと聞いた。 現在は団員数が30人近くまで増えたようだが、いまだにアンサンブルと言う精神を貫いて、指揮無しでコンサートを行っている。  皆さん勿論正業をお持ちの方で毎週の例会の他にコンサートが近づくと週末2日間を犠牲にして熱心に練習されている。 私は10数年前にハイドンのD-durのコンチェルトを弾いた縁で、その後帰国した時など指導をしたりしていた。毎年意欲的なプログラムを組んで9月に定期演奏会を行っている。 去年は芥川也寸志の弦楽の為の「3章」に取り組み、指揮無しで見事に演奏されたようだ。 コンサートマスターのNさんはプロ顔負けの達者なヴァイオリニストで、創立メンバーのヴィオラのBさんと共々アンサンブルのリーダー的存在。 Nさんの優れたリードと、B さんのサポート無しではこのような難曲を指揮無しで演奏することは不可能だっただろう。 今年は創立30周年と言うことで B さんからチェロで出演とプログラム構成、コンサートの指揮の依頼を受け快諾した次第。プログラムについてはしばらく考えさせてもらってから、長年胸にしまっていた「展覧会の絵」を提案して受け入れていただいた。 

 「展覧会の絵」はラヴェルのオーケストレーションがあまりに有名で、ともすると原曲のピアノの方が陰に隠れてしまいそうになるほどだが、ピアノ譜を見たほうがムソルグスキーの鬼才ぶりが良くわかる。 この編曲の話を身近な音楽家に話すと、いかにラヴェル版が強い印象を与えているかが良くわかる。金管奏者の反応はたとえば「トランペット無しでどうするの?」とか、弦だけじゃ音量が足りないんじゃないかとか半分冗談交じりにしても金管、木管の響きの印象は確かに強く残る。 冒頭の有名なトランペットのソロのところはこんな風に書いてみた。

 ピアノのハンマーの衝撃音の感じを少し出したいと言う意味で ピツィッカートを加えてみた。 3小節目からはご覧の通り原曲を忠実に書き写したようなものだ。 こういう所は幸か不幸か選択肢があまりないが、重音や、ピッツィカートを使って弦楽器独特の効果を存分に発揮できる箇所も多い。
  この編曲に当たっては当然だが、ラヴェルのイメージを出来るだけ頭から排除しようと試みた。 ラヴェルに対抗すると言う意味ではなくラヴェルが書く前の状態に出来ればなりたいと言う願望だ。 しかしなかなか難しい。時々ラヴェルが聞こえてくる。 これを排除する為にピアノのCDを買って来てずいぶんと聞いたが、ラヴェルのスコアは最近まであえて見ないように努めた。  この編曲を思いついたのは実はもう40年近くも前の学生時代だ。 当時たまたま買ったゴードン・ヤコブス著のオーケストレーションの教本に参考例として出ていた「リモージュ」の弦楽合奏のオーケストレーションの数小節の例が強く心に残っていていつかやってみたいと思っていた。 この本自体は1930年代に書かれたもので現代の目からすると、たとえばバッハのコラールをストコフスキーばりの誇大なオーケストレーションにしたりと後期ロマン派的傾向が顕著だが、最近再読してみたらそれなりに興味深かった。
 ラヴェル版は今では確固たる定番になっているがこのヤコブス氏の本には Henry J, Wood と言う人のオーケストレーションがラヴェルより優れていて是非参考にするべきだと出ていた。さっそく調べてみたが残念ながら見つからなかった。
 ラヴェルの正確無比な手腕を賞賛することには異論はないが、私も実は所々少し華麗すぎないかと思われるパッセージがあると思っていた。 ムソルグスキーのオーケストレーションは「ボリス・ゴドノフ」や「禿山」 で聞く限り (リムスキーの改訂版ではなく) どちらかと言うと峻厳でモノクロームな音だ。 それからもうひとつあえて言えば、弦楽器の扱いが少し物足りない。 チャイコフスキーやリムスキーなどの同時代のロシア人は弦楽器をかなり優位に扱う習慣がある。 この間から「ぺトルーシュカ」のスコアを勉強していて思ったのだが、クーセヴィツキがもしこのアレンジをストラヴィンスキーに依頼していたらどんなものになっていたか、想像すると楽しい。  私に関しては、いまさらラヴェルの向こうを張って、フルオーケストラの編曲をしても意味がないし、第一誰も取り上げてくれないだろう。 そこで思い出したのがこの弦楽オーケストラ版だったというわけだ。 ここでスコアを公開するわけには行かないが、ラヴェルがやっていないような、私独自の工夫も随所にある。 出版出来るよう初演後、出版社に交渉を始めるつもりだ。 初演前にはお渡し出来ないが、演奏を前提としてご興味のある方は こちら までご連絡ください。 
  この演奏会は9月2日江別市大麻(おおあさ)の えぽあ ホールで開かれる。 前半はハイドンのC-durのチェロ協奏曲で後半に「展覧会の絵」が演奏される。 詳しい情報は江別弦楽アンサンブル のHPでも掲載されている。


     
           

 

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