第一番 ヘ長調 Op. 5−1
その1
作品5の2曲は姉妹作として出版もされたが、この2曲はほとんど双子といっても良いくらい作りが似ている。 どちらもゆっくりとした序奏の後にかなり長めのソナタ形式の第一楽章と、緩叙楽章が省かれて第二楽章はロンドーソナタ形式。こちらもかなり長めの楽章である。
前回書き忘れたので付け加えると、序奏付きのソナタ、弦楽四重奏、交響曲はこの時代やや格式ばった公式な演奏会で演奏する事を前提に書かれたものが多い。ベートーヴェンの交響曲では1番、2番、4番、7番である。このソナタ2曲もプロシア王に捧げられ御前演奏をしたわけだから序奏付きなのだろうと思う。 話は少しそれるが、ベートーヴェンは最晩年このプロシア王に「第9」を献呈する事に大変な情熱を注ぎ、知り合いの貴族たちにいろいろ取り計らってもらったが、結局献呈は拒否され代わりにダイヤ?をちりばめた指輪だったかを贈られた。ベートーヴェンはそれを大変名誉に思い大切にしていたようだ。 死後遺物の中から見つけられ競売にかけられたが指輪はただの模造品だったという、ちょっと悲しいエピソードがある。
まだ26歳でウイーンに移り住んだばかりの半ば無名のベートーヴェンだったが、この時はリヒノフスキーの口利があったのでこのようにすんなりとことが運んだのだろうとは想像がつく。この2曲はたった2楽章だが演奏時間はどちらも20分を越える大作である。 第一楽章は慣例的なふたつの主題ではなく複数の主題が出てくる。代わりに展開部はどちらかというと簡素である。以下第一番ソナタの僕なりのアナリーズである。
第一楽章 「序奏」 アダージョ ソステヌート
冒頭の主題は F-dur の分散和音で出来ている。このモチーフが第一楽章の基本になっているとみなす事が出来る。多分、学校の楽曲分析などではそういう風に言うのではないだろうか。冒頭のアダージョ ソステヌートは上行する分散和音、

アレグロの主題は下のように書き換えてみると、いったん下降して上行する分散和音といえる。

サウンド0

こういう手法はベートーヴェンが好んで使ったもので、ある音楽学者によれば全てのベートーヴェンの主題は分散和音に集約できるとまで言っている。これをもってこのソナタを単一主題を綿密に組織して全体を統一したというような解説もしようと思えば出来なくは無いが、僕はどちらかというとこの曲に関してはそういう発想より、自然にほとばしり出た若々しい音楽という風に捉えるほうがが自然なような気がする。 それにどんな音形でも全ては音階と和声で出来ているわけだから、こういう解説はなんとなくこじつけっぽくてたいくつなだけである。
序奏のアダージョに話を戻すと、6小節目からチェロの旋律的なモチーフがあらわれそれをピアノが模倣する。ピアノの部分の和声がこの時代にしてはかなり大胆なことに注目したい。
サウンド1

分散和音のモチーフも (分散和音の解説にこだわるなら)22小節目からリズムを変えてチェロとピアノが交互にあらわれる。

このあとにあらわれるピアノのパッセージはかなり技巧的で華麗である。若いベートーヴェンがフリードリッヒ ウイルヘルム2世の前で弾くという事をかなり意識した部分かもしれない。このパッセージも分散和音というキーワードで説明すれば22小節目からの下降する分散和音の変形という風にいえる。
サウンド2

ここに出てくるチェロのarpegioという但し書きが筆者は実は以前からずっと気になっていた。(また分散和音だ)3音重音なので慣例的には3音を分けて弾くと考えられるが、他のチェロソナタでもカルテットなどでもこういう但し書きは無く、この曲のこの部分のみである。ここからは推測だが、ここではチェロの名手で作曲家であったデュポールに分散和音の即興的パッセージを弾いてもらう意図があったのではなかろうか。
アレグロ
アレグロ4分の4拍子。勿論ソナタ形式で書かれているが他の多くのベートーヴェンのソナタとはかなり趣を異にしている。まず、主題と呼べるものが4つあり、しかもそれぞれチェロとピアノで交互に演奏されるようになっている。おそらく王宮カペルマイスターでチェロ奏者のデュポールに気を使った事と、自らのピアニストとしての腕も披露するという意図だったと思う。長大なソナタになっている理由はそのせいである。颯爽とした第一主題(上述)がピアノとチェロでそれぞれ提示されたあと、ピアノが57小節目から16分音符の華麗なパッセージを繰り広げる。このパッセージも上に述べた下降する分散和音とみなす事が出来る。この部分はピアノがかなり技巧的かつ装飾的でベートーヴェンのピアノ奏者としての腕前が伺える箇所である。

このパッセージの終わりの部分はこんな風になる。チェロも下降分散和音になっている。 サウンド4

次の第二主題は面白い事にc mollである。一般的には属調のC-durなのが普通なのでちょっと肩透かしを食らったような感じがある。サウンド5

普通はこの主題の提示で充分なはずなのだが、ベートーヴェンはこのあと116小節目からチェロに朗々とした新たな主題を歌わせ、ピアノにもそのヴァリエーションを書き、(サウンド6) さらにはAs-dur
への思いがけない転調を行う。


転調のあとチェロとピアノの掛け合いでもう一度技巧的な経過部があり、これで提示部は終わりかと思われる所でまた新たな主題があらわれて(サウンド7)長大な提示部は終わる。

展開部は減7度の和音からA durへとかなり過激な転調を行って突入する。展開部は第一主題を使ってピアノの華麗なパッセージがたくさんあらわれる。チェロは第一主題の変奏と和声的な充填が主な役目である。206小節目からは美しい新たな主題とも呼べるものがDes durであらわれる。(サウンド8) 始めの3音を下降する分散和音という解釈ももちろん可能である。

221小節目から提示部と全く同じ形で全ての主題が再現されたあと、突如6小節間のアダージョがあらわれる。ここでのチェロのモチーフは勿論冒頭のアダージョのモチーフの変形と考えられる。その後今度はプレストで急速な三連符による経過パッセージを経て第一主題を再現してこの楽章が締めくくられる。
次
2011年6月11日
2011年6月17日 加筆
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