「語るバッハ」 その1

 

先日ウエブでバッハのチェロ組曲について検索してみたら、本当にたくさんのCDが出ているのに驚きました。私は ディスコフィルとはほど遠い方で、この楽器を弾いている関係上一応人並みの物は持っているつもりでしたが。中には知人のチェリストが出されたのをうっかり知らずにいたものもあり二重に驚いた次第です。
私も大海の中に一石を投じた次第です。

その中でちょっと目に留まった記事から。 アンナー ビルスマ 氏のCDに(最初に出した全集だそうです)インタビューの抜粋が載っていて、このようなものでした。

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P.S.よく「語るバッハ」と評される,定評あるビルスマ氏一回目の全集録音です。 解説書に渡邊順生氏によるインタビューが掲載されており, この「語る」という言葉はこのインタビューに由来するものではないかと思います。 解説書でビルスマ氏は次のように述べています。
「バッハの組曲の偉大さは,そこに書かれている音符と同様に,そこに書かれていない音符によります。」 ・・・中略・・・ 「私の同業者達の演奏方法の中で,特に私の好まないのは,彼らが歌い過ぎ,語らな過ぎることです。 バッハの組曲は<語る(speak)>音楽であって,<歌う(sing)>音楽ではありません。 バッハのチェロ組曲は,今述べたように,たとえ単音部で書かれているところでも必ず2つの声部,時には3つの声部が結び合わされています。 しかし殆どの場合,これが1本の旋律線として歌い込まれてしまう場合が多いようです。」 ・・・中略・・・ 「たった1つの楽器で,大勢が合奏しているような効果を出す,これがバッハのチェロ組曲の演奏の秘訣です。 そのためには,<歌う>のではなく,<語る>のです。」 - 解説書の渡邊順生氏のインタビューより

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 この「語る」について今日は「語って」みようかなと思います。英語で〈speach〉に相当する言葉をビルスマ氏はお使いになったんだと思うのですが、一般的に〈音楽の流れ〉と言ったような表現をするときに、こちらの人たちの表現ではこのSpeachと言う単語をよく使いますが、決して奇を衒ったような表現ではありません。 もちろんこれは、具体的な言葉としてのスピーチではなく、音形的もしくは純音楽的な表現法としてのスピーチのことです。
 例えば、バッハのカンタータで「波」を表現する8分/X拍子系のモチーフがあったとします。この音形はバロック時代の音楽では代表的な例といってもいいもので、音符の形そのものから連想されたといっても過言ではないのですが、聞く耳にもそのように連想できるのが面白い所です。どうもバッハにしろハイドンにしろワーグナーにしろドイツ系の音楽家はこういった象徴主義(symbolisme)的な音形を好むようです。
ところが、チェロ組曲とかといった「言葉」による裏付けのない器楽曲ではどうすればいいのかという問題が出てきます。
ここで登場するのが、氏の言わんとする「語り」ではないかと思います。


     
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