「語るバッハ」その3
不協和音

 

4月5日

 前回の「拍のヒエラルキー」でリズムは「語る」と言うことを理解していただけたでしょうか。今回はもうひとつの要素である、ハーモニーについて、書いてみようと思います。
  音楽を突き動かすエネルギーとは何か? なぜある音が次の音に移った時に人はある種の必然性を感じるのかと言う問題でもある訳です。そこには一番大きいスパンで捉えると曲の「構成」(Structure) と言う概念がありますし、もう一段階小さくしたものが「フレージング」でしょう。又これに関してはいつか別の機会に書いてみようかとも思いますが、今日のところはさらに小さいフレーズに内在しているダイナミスムはどこから生まれるかと言ったことから書いてみます。
  勿論ダイナミスムの一番の要素はリズムで、よく生徒にも話すんですが、音を並べてリズムなしで弾くと音楽にはなりませんが、反対にひとつの音だけでもリズムだけを弾いた場合もう既に何か音楽がそこに芽生えてきます。打楽器だけで成り立っている音楽が存在しているのはそれを立証しています。
 さてハーモニーの話でした。不協和音とは、一般的に不快な聞き苦しい響き和音のことですが、実はこれこそが音楽を前進させる重要な要素であることは、意外に忘れられることのひとつです。一番簡単な例から言うといわゆる属7の和音があります。ハ長調の中では ソ-シ-レ-ファというあの和音です。現代の耳にはほとんど聞き慣れたあたりまえの音でこれが不協和音?とか言われそうですがよく見てみると「ソ」と「ファ」の関係は7度でさらには「シ」と「ファ」は減5度と言って中世までは「悪魔の5度」と言って忌諱された音程関係にあります。
 このふたつの不協和音が同時に存在することによって聞く人はある種の不安定さ又は不快感を覚えると同時にそこから逃れる事への期待感を持つでしょう。この例で行くと普通はド-ミ-ソの和音に解決するのですが、このことを英語圏の人たちは「ストレス」と「解決」とよく言います。いかにも簡単な例で少し恐縮なので具体的に例を紹介しましょう。
 バッハの無伴奏チェロ組曲第一番のプレリュードの冒頭部分です。このサイトでも聞けますので参考にしてください。この曲はト長調の安定した和声で始まり次の小節でバスを「ソ」の開放弦に置いたまま4度の和音(ソ-ド-ミ)に移ります。ごく単純なほとんど初歩的な和声進行といってもいいでしょう。
 次の小節が聞いていただきたい「ストレス」の小節です。「ソ」開放弦は鳴りっぱなしなのに導音のファ♯とドが同時に出てきます。ソとファ♯は7度、ファ♯とドは「悪魔の5度」です。さっきの属7には?と言った方でもこちらはもうちょっと強いストレスを感じられるはずです。

以下続く



     
           

 

もくじ