テンペラメント 続

 

 話が少し横道にそれるが、ピタゴラスが考えた純粋な2対3の数学的5度を12回重ねて得られる12音は、Cから始めてCにたどり着く5度圏として知られている。ところが、C-G-D-A-E-H-Fis-Cis-Gis-Dis-Ais-Eisと積み重ねて、CではなくHisに辿り着いた時最初のCよりかなり高くなることはこれまでの説明でお分かりいただけたと思う。 だから調性は(または音は)12個で完結するサークルではなく、無限に続くスパイラルであると考えるほうが良いのかもしれない。 このスパイラルを無限に続けてゆけば自然界に存在するすべての音を得られる。 伝統音楽、民俗音楽などでは西欧非西欧を問わず4分音3分音などクラシック音楽では使われることのないさまざまな音高が使われている。 何年か前に始めてイスタンブールに行ったときに聞いたウードなどの伝統楽器の演奏には少なからず感動したが、トルコ音楽独特の増2度の音程の取られ方が西欧音楽的耳には僅かに低目なのが美しくとても印象的だった。いつだったか東京の街を歩いている時にお祭りか何かで沖縄音楽が聞こえてきたことがあったが、この音楽の特徴である増4度もやはり少し低めの取り方がされていて印象的だった。

ヴェルクマイスター調律法
 本題に戻ると、2/3の比率の完全5度でチューニングしたヴァイオリン属楽器にも前回述べたような矛盾が現れてくわけで、実際の演奏にも少なからず支障が出てくる。 特に重音が多いパッセージでは一般的に開放弦を利用している場合が多いのでなお更だ。さらにフラット系の調性では開放弦が和音の3度音になるのでかなりデリケートな問題になる。 長3度は前回にも書いたとおりわずかに低いのが美しく響く。
 鍵盤楽器の調律法でこの問題をある程度解決したのが、ヴェルクマイスターの考案したといわれる「小さい5度」の積み重ねで得られる長3度で調律する方法である。 実際にはヴェルクマイスターはその理論を著書等で紹介し、積極的に広めたが、考案者ではないようだ。 バッハもこのヴェルクマイスター調律法を使っていた考えられるし、現代のバロック団体や演奏家もこの調律法を使うことが主流となりつつある。バッハの「平均率クラヴィーア曲集」という日本語訳は誤解を招きやすいのだが、原題の《Wohltmperiertes》(仏語 Bien-Tempe’re’)は《よく調律された》 といったような意味合いであって、必ずしも12平均率を指している訳ではない。  ヴェルクマイスター調律も他の多くの調律法も原則は完全5度の純粋性をいかに保ちながら長3度の美しい響きを得るかということに尽きる。  ヴェルクマイスター調律法では、3対2の完全5度に対して6分の1コンマ短縮して得られる5度を用いて調律するわだが、鍵盤楽器の場合これでもすべての音に適応するには限界があって12個の5度を積み重ねるとやはりひずみが出てきて部分的には妥協的なチューニングが必要になって来る。 しかし、弦楽器のヴァイオリン族とコントラバスによる伝統的なアンサンブルの調弦ではC-G-D-A-Eの5音のみの調弦ですむので調弦に限って言えば問題はずっと少なくなる。

わずかに濁る完全5度
 この小さい5度は純正5度よりは僅かに濁った感じ(1秒間に1回以下のビートと言われている)がする。 完全5度を犠牲にして長3度を優先したと言っても良い。この5度を耳がどの程度受け入れられるかと言う問題が基本的に存在するのだが、前回に書いたような不快な長3度はこれによって回避できる。この方法だと開放弦によるヴィオラまたはチェロのCとヴァイオリンのEが4対5の長3度が得られ、個々の楽器の重音でもC-E、F-A、B-Dと言った開放弦を含んだ長3度の下の音を通常の高さで取っても美しい3度が得られる。
  バロックから古典にかけての音楽は開放弦の音の美しさが重要視された時期で、モーツァルトやベートーヴェンなども開放弦を使った重音を盛んに使っている。 一時期までバロックから古典派の演奏での重音を分奏によって回避する習慣が一般的だったのは純正5度で調弦していたために起こる長3度の響きの不純さをさけるためだったと考えられる。 最近ではバロックアンサンブルのこういった取り組みの影響もあって、伝統的なオーケストラでも重音を回避しない演奏がかなり増えている。 
 次回はバッハの無伴奏組曲の演奏とこの調律法について書いてみたい。

2007年1月



     
           

 

もくじ